「新しい学びの場」を創るために

 社会において「学歴」「偏差値」といった価値は意味を持ちます。ヘルべテにおきましても、「学歴」が持つ価値は無視できないと考えます。生徒を指導する上で目標としなくてはならない一つであるのは間違いありません。

 「学歴」を得て人生を有利にしたいと望むならば、人生のはじめの頃、中高生の時期に一生懸命勉強しなくてはなりません。教育に対して意識の高い親は、子に対しこの時期に勉強を強いることになります。実際に世間で行われているように、親が子供のためと思って、塾や家庭教師などの教育産業にお金をかけ勉強させる気持ちも理解できますし、真っ当だと思います。

  しかし、一方で「び」が学校と教育産業に専有されている状況は健全だろうかという疑問を私たちは抱いています。「学び」が「社会」で子供が成功するための道具に過ぎないならば、それは子どもたちが自ら学んでいるのではなく、「社会」で子どもにより良い地位を得て欲しい、得るべきだと考える親や学校から「学ばされている」という強制にすぎないのではないのでしょうか。いわゆる教育の世界に携われば、そのような状況が現実にあることを目の当たりにします。子供たちの将来を決めているのは本人の個性や意思ではなく、家庭の経済力や、出身学校などの、子どもを取りまく環境要因が殆どなのではないかと、私たちは実感しています。

 「学び」とは、私たちが世界に興味を持って、おのずと学び始めること。その学びによって世界と自己とが結びついてゆく実感を積み重ねてゆくこと。こういう仕事のことを私たちは「学び」の姿ではないかと考えています。

  そして、その「学び」において、人と人との関わりは決して無視できません。他者は自分の知らない世界への入り口に他ならないからです。

 「インターネット家庭教師集団ヘルベテ」は、学校、塾・家庭教師産業以外の観点からの教育へのアプローチを模索し活動しています。高校生・浪人生に対し社会人、学生が教師となることで生徒の勉強面にとどまらない成長を促すことを目的としています。目の前にいる1人の人の、特殊な個性に触れることが生徒の人生の大いに糧になると考えています。

  ヘルベテの教師・スタッフは、それぞれ自分の領域で活躍されている社会人や大学生です。学生時代の得意教科や職業での経験を活かしながら、勉強のサポートをしています。彼らがどんな仕事をしているのか、何を学び、どういう生活をして、そこで何を考えながら生きているのか。そういった事々から生徒がが学ぶことはあまりにも多いと思います。

 ヘルベテでは自ら「学びたい」と願い、自分の個性を発揮しようと試みる生徒の受講を歓迎しています。 

 ヘルベテという「新しい学びの場」は、発展途上段階。これからどのような展開をしていくのか、私たちも手探りで、期待を持って活動に取り組んでいます。

当面は、「学び」に目覚めた卒業生が1人でも多く世界へ飛び立って、社会を開拓し、豊かな生き方ができるように願いながら指導に臨んでゆく所存です。 

Hva i helvete!(一体何なんだ!)と世界に問いかけたとき、「学び」はすでに始まっているのです。